| 幕府文書の署名について |
| 歴史を齧っていますと、その時はなにげなくよみきっていた歴史の部品があるとき突然他の部品と繋がって一つの綺麗な絵になってくることがあります。 江戸時代の歴史は文書が多く残っていますが、中世になると貴重な文書の多くが応仁の乱や戦国時代に失われていますので、砂浜に放置された小さな宝石を探すようなもので、見つけるのも難しいですし、見つけてもそれがどんな輝きをもっているのか、中々わかりません。^^: 奉行人の署名について 追加で解説しておきます。 名のある人は通常姓や氏を省略するのが通例でした。 ですから、通常は奉書には姓氏を書かず名前と花押だけで命令を出していました。 しかし皇室関係や有力な武士で高位の官位・官職を得ている者に対しては、自分の官職を書いて花押(又は判)を添えます。(姓も氏も名も書かない) 姓とは 飯尾とか松田とかのことです。 広く命令を知らせる為に高札を掲げる時や、遠方へ移動する場合に関所を煩いなく通過させる時などの場合は、官職と氏(うじ)〔藤原・源・平・三善・神『みわ』等〕と花押(又は判)を書きます。 参考までに 一例を示しておきます。 禁制 嵯峨宝篋院 一、甲乙人等乱入狼藉事、 一、当寺敷地検断以下不可成他家綺事 一、剪取竹木事 右条々堅彼停止之訖、若有違犯之輩者、可彼処厳科之由 所彼仰下也、仍執達如件、 文亀元年十二月八日 大和守三善朝臣 在判 (飯尾元行) 豊前守 平 朝臣 在判 (松田頼亮) 朝臣(あそん)とは朝廷から叙爵(五位以上に)された者のことで、皇居の中(建物の中へ)入ることを許された者のことです。 建物中へ入る事を昇殿(しょうでん)といい、五位以上の人は殿上人(てんじょうびと)と言われていました。 官位はあるが官職はない場合は散位(さんに)と書きます。 |